Okayama Curling DIARY | admin |




岡山のカーリングチームの1日をご紹介します
日々精進、めざせ全日本選手権出場
文責 中村
 2006/03/11  またまた増加

トリノ五輪がおわっても カーリング人気は衰えず
まあ あしたまで 女子の日本選手権をやっているし
2ちゃんねるでは盛り上がっている

で みんな ネラー?

カーリングしている人は変なやつです
もともと そういうレッテルでしたから
あるいみ 似たようなもんです。

広島からんめちゃん独占取材班がきております
広島でカーリングをしてて、しかも全国大会に行っているからっていうけどさ
・・・・今年はでとらんで

 倉敷にもよーけーおるでよ

初心者の方々だけで20人もいる中で、なかなか自分の練習ができないけども、ビギナーに教えながら、復習みたいなこともできます。
 でも そろそろ独り立ちの時期を迎えそうなビギナーもいるきがするけどね。
 チームを作ってみてね

 ひさしぶりに高校生と試合をしました。
 負けました。3−1で

 ままかりはとっても弱くなりました〜
 2006/02/25  トリノ効果

久々に書きます

土曜日の練習は大会が近いということもあり活気があって当然だが、それにもまして、新しく体験にこられたかたがたでごったがえす。
8時半からの練習開始前なのに、新人さんも現役さんもかなりの人数が集まっており・・・。
準備もはやくおわるというもの

新人さんたちは全部で13人でした
夫婦で参加の方も何組かいたのでとてもうらやましくながめるなかむらでした。
おまけに筋がいいときてる。しかもサウスポー
これで レフティーズ結成確定!!

 基礎的なデリバリーからストーンをもってのラインだしやスイープそして試合までとかなり濃密な練習メニューを一日目からこなした。
 きっと体がいたいだろうなぁ〜

 そんなことをしていると来週になるとがくっと減ってたりするのかもしれないが・・・・
 そういえば、先週来た人が来ていない   気のせい?

 大会へすすむ活気とあたらしい息吹の活気で岡山のカーリングももりあがっている。 
 惜しむらくはもうシーズンがおわりつつあるということか。
 ほんとの試合を間近で見させてあげたいものだ

 2004/07/8  今日のカーリング模様

とのです

シーズンオフのカーリングはとても人がすくないのです
そんな中
テレビせとうちからふたりの精鋭がやってきました
体験なのか それともつづけるのか
どうでしょう

西日本協議会での話をききました
試合の日程などが決まっています
西日本オープンは11月6.7日 浜田で
西日本選手権は 2005年1月21.22 岡山でということです

練習風景は おのおのすきなことをしている風です
ママカールはチーム練習など デリバリーの安定に力を入れています。
それからスィープの改良

とにかく 人数がすくないので
たまには あつまろう
 なかむらのカーリング人生  試合がおわって・・・・次へと

試合がなんとなくあっけなく終わり
これで当分やることがないなという雰囲気がただよう。
また1年後だ
練習に来るメンバーもぐんと減り、四人のときもあった
そんな中自分も四月くらいから行かなくなり、というかもうシーズンオフかと思っていたが、五月もあんまりいかなかなった。そんなときに んめちゃんとふじなかが入ってきたようだ。デビューはビアガーデンだったらしい。
 夏場の練習はなくて、秋口からまたはじまった。このころの練習はなにをしてたのだろう。思い出せない。とにかく、自分とんめゃんとふじなかと橋之口さんでチームを組むことになった。
どっちかというと あまりものみたいなチームじゃなかったか。
そしてチームママカーリーズの誕生である。
 嗚呼 なかむらのカーリング人生  初練習からはじめての試合まで その2

その当時総勢10人くらいいただろうか。しかし、いまメンバーで残っているのは、長谷川さんと林さんとにっしとひめだけである。自分が加入したあとから、人がどんどん増えてきたが、そのころの練習はなかなか人数もそろわなかった。にっしとひめはできてんのか?と何の根拠もなくおもっていたりした。
 1月にきていきなり月末の試合にでれるなんて虫のいい話である。メンバーもいないことで、自分はその初めての試合には出れなかった。試合は浜田で行われた。
 試合に出ない自分もいちおう行ってみた。岡山のほかのメンバーとはいまひとつコミュニケーションのはかれていない自分であったが、試合を見に行くことにした。その試合で自分はすることがないからというのもあったが、カーリングの試合の様子を独自のハウスをかたどった用紙をつくって、記録していった。そんなのはあたりまえかと思っていたけれど。ちょっとまわりからよろこばれた。SISの佐々木さんもなんとなく注目してくれた。試合はあえなく1回も勝つことなく終わってしまったのだが。
 はじめてカーリングの試合を間近で見た印象はあんまり残っていない。ただ寒かったくらいの印象だろうか。試合がなくて暇なときに外をあるいたりもした。なにもなかった。
 はじめての試合の印象は、ほんとに何ものこっていない。きっと試合に出れなかった寂しさがどこかにあったのだと思う。
 嗚呼なかむらのカーリング人生  第二話 初練習からはじめての試合まで その1

1998年に長野でオリンピックが行われ、カーリングも少なからず注目をあびた。当時自分もテレビでみたが、途中からだった。ビデオにもとらなかった。ましてや、やりたいとも思わなかった。
 岡山のリンクにも人がたくさんあつまったらしい。そして1999年の1月、なかむらははじめて氷にのった。
 ひとりで、そんなところに出向くのは、ちょっと変だったかもしれない。まあカーリングするやつにまともなやつはいないかもしれない。年甲斐もなくということばもでてくるかもしれない。
そんなことは いまでも思っていない。

カーリングがどんなもんかは漠然としかわかっていなかったから、なんとなく不安もあった。だがねもう自分はいい大人なのでそんなことはどーでもよく、ただカーリングがしたかったのである。
最初はデリバリーの練習
どっちかの足を前にして後ろ足で壁をけり、滑っていく練習。
安定しないといけない。そのときの指導は支配人だった。端っこのほうでさみしげにやっていた。ほかのみんなは、むこうで練習していた。時期は1月。試合が近かった。
支配人ははじめに「どっちの足がいいかなぁ〜」ときいた。
どちらの足が前がいいかなぁ〜ということだろう。自分は両方試してみる。そしたら、右足を前にしたほうがなんとなくよかった。
 そのときからずっとそういうフォームだ。そのフォームだとストーンは左手にもつ。なんの疑問もなく、しばらくして初めてストーンにふれ、初めてハックに足をつけ、初めてストーンを投げた。ずっと左手だった。デリバリーも安定し、慣れてくるとフォグライン付近までいけるようになった。
 自分は元来右利きである。左手で何かをすることはまずない。右利きは右手にストーンを持つのかとかなりあとから気づいたが、ときすでに遅し、もう右手ではできないのであった。
 なかむらのカーリング人生  第一話「カーリングとの出会い」

ふと 思い立ってこんなものを書いてみる。
なにがあったというわけではないが、そんなきがしたから。
心の奥ではもしかして 日本選手権に行ってインタビューとかされるときのために こんなページを作っておけみたいな 気持ちがあるのかも。・・・(^_^.)

初めてカーリングに出会ったのは きっと中学生くらいのときである。おぼろげになんとなくである。西暦でいうと1981年ごろだろうか。掃除の時間にクラスメートとカーリングごっこをした記憶がなんとなくある。はやっていたわけではない。それに自分の出身は広島である。テレビでみたのか?雑誌でみたのか?
どこでそんな情報を仕入れたのかはいまだ謎である。
その後「カーリング」という言葉は胸のかたすみにしまいこんだまま、あっという間に大人になっていく。

時は1998年12月年の瀬だろう。そのころ電報の配達の仕事をしていた。その配達の帰りだっただろうか、中庄のニノミヤに寄ったときにラジオからRSKのアナウンサーえのさきさんの声が聞こえた。それは、岡山でカーリングをしていることの紹介であった。きっとらじまる(ローカルです)だ。
そのとき自分はすぐにそのスケートリンクの電話番号をめもった。そして、次の日には電話をしていた。
 とくにずっとやりたいなぁ〜とか、カーリングにかぎらず、スポーツをしたいなとか考えていたわけではない。なのにそのときは、何も考えずに何かに惹かれるように、飛びついていた。
 家族には事後報告。いまでもそれでいびられる。
 次の年1999年の最初の練習のときに スケートリンクに行ってみた。少しどきどきしながら。
 くしくもこの1999年の1月からいまの自分の仕事が正式に発足したときでもあった。
 なかむら 31歳の冬であった。
 
 2002/10/04  いよいよ シーズンイン

今年もいよいよカーリングのシーズンが到来した
岡山は毎週やってたから カーリングがなつかしいわけではないけど
体もとくになまってる風ではないけれど
気持ちの高ぶりはおさえることができない
仕事の合間にもカーリングのことを考えてたり
インターネットでカーリングのサイトをチェックしたり
オークションでカーリングものをゲットしてみたりゲットできなかったり
いよいよ また 熱い冬がはじまる

今年はどんな風に 家族を説得して
長野にでかけようかと・・・・・。

西日本大会が 岡山でよかった
 2002/09/20  第1回 作戦勉強会 要旨

9/19 第1回 作戦勉強会の要旨です 
ご参考にしてくださいな
ただし 分析はなかむらです

 題材 「ソルトレークオリンピック女子決勝」
  第一エンド 第四エンド
 
ポイント
 攻め方 オフェンス的 or ディフェンス的
  リードからハウスにドローしていく・・・ディフェンス的
   第一エンド
   テイク合戦で最小失点または0−0のオープンゲームとする。
  理由・・・氷がいまいち把握できてない
       10エンドの長丁場をのりきるために楽に試合をはこびたい。
       時間のロスを防ぐため
 スキップの立ち位置
  テイクの時・・ストーンの際にたつ
  ドローの時・・ティーラインにたつ

 ナローとワイド
  ナローに出たとき(指示したところよりもストーンよりに出たとき)は最初からスイープがはいる

 コミュニケーション
  ・考えが違うままに投げると上手くいかないときもおおい
  ・スキップとバイスは仲良くしよう
  ・自分の得意なショットを持っているとよい
  ・相手のショットをみて参考にするのもよいが、相手につられるのはよくない。

  以上かな?
 2002/05/30  リニューアルリンク

ひさびさのカーリングだった
リンクが改修され、またシートが4つになった。
それをみんなでわいわいと。
氷もなかなかで、この時期にスルーを体験していた
だれもがである。
じっくりみると 端のほうが霜ってたけどね

透明の氷はいいかんじ
専用りんくにもまけまへんよ

以前の氷は片方に傾いていたりして
カールしなかったりもあったけど
今回のシートは 
平らとはいわないが 
印象としては センターがくぼんでいるかんじ
だから 外からセンターにはカールするけど
センターから外にはカールしにくい
つかっているうちにまた変わっているかもしれない

ストーンが通るのはいいですね
一年これだったら
すごいね
たくさんの人に岡山までカーリングしにきていただきたいものですな

こうして毎週カーリングができるのはよいのですが
木曜日以外の日に やっぱりトレーニングしないとだめよね
そんな気がしています。
なんだか
体はぶくぶくとふとっており
初めて氷に乗ったときから言うと
きっと10キロ近くは太っているのである。
やれやれ
もちろん 脂肪ではなく
筋肉ですがね

きっと・・・・・。


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